「春のセールで安くなっていたから」。
物を買うとき、これほど自分を正当化しやすい言い訳もないだろう。私も先日、定価五千九百九十円のイヤホンが、四千九百九十円になっているのを見て、まんまと飛びついてしまった。Ankerのなんとかいうやつだ。
ところが、である。セールが終わったあとも、しれっと同じ四千九百九十円のままで売られているのを後日見てしまった。別に損をしたわけではないのだけれど、「お得だと思って焦った私の決断を返してちょうだい」と、なんだか肩透かしを食らったような、微妙に騙されたような気分である。
とはいえ、このイヤホン、結果的にはとてもよい買い物になった。
そもそも今回新しいイヤホンを買ったのは、パソコンでの「音声入力」をもっとラクにするためだった。キーボードを必死でカタカタ叩くよりも、マイクに向かってブツブツ話してしまった方が圧倒的に速いのだ。
昔は変なふうに変換されてイライラしたものだが、最近の音声認識は恐ろしいほど優秀で、私が喋った言葉を、ストレスなくスルスルと文字にしてくれる。
そしてもう一つ、絶対に譲れなかった条件が「耳を塞がない」ことだった。
我が家には、御年十七歳になる愛犬だてまきくんがいる。
十七歳ともなれば立派なご長寿で、一日の大半を寝て過ごしているのだが、ときどき「フン」と小さな鼻を鳴らして、いっちょ前に意思表示をしてくるのである。
お水が飲みたいのか、ちょっと撫でろということなのか。
↓これはおやつが欲しいとき
耳の穴にすっぽり栓をしてしまう普通のイヤホンでは、このささやかで大事なつぶやきを聞き逃してしまう。それがどうしても気になって嫌だったのだ。
そこで目を付けたのが、耳の穴を塞がない「オープンイヤー型」とかいう代物だった。
骨伝導タイプも考えたけれど、耳の周りが変にビリビリして違和感がありそうだし、レビューなんかを見比べて、結局は安心感のある無難なブランドに落ち着いたというわけである。
さっそく耳に引っ掛けて使ってみると、心配事は見事に解消された。パソコンに向かって独り言をブツブツ言う私の声はちゃんと文字になりつつ、周囲の音もしっかり入ってくる。
足元からの「フン」という微かな鼻息にも、すぐに「はいはい、どうしましたか」と応えることができる。耳への負担も軽く、角度が調整できるから私の耳にもしっくり馴染んでくれた。
音質に関しては、シャカシャカと軽い感じで、重低音なんてものは皆無に等しい。でも、別にこれでオーケストラの交響曲をじっくり聴くわけではないのだ。
「自分の声の入力」と「犬の息遣い」が聞き取れれば十分なので、外の音が聞こえやすいこの軽やかさがむしろ好都合である。
十分の充電で一時間使えるというのも、せっかちな私にはとても助かる。ただ、充電のケーブルが今どき「USB-A」だったのには、ちょっと時代を感じてしまった。困るほどではないけれど、「え、いまさらそっち?」と一人でツッコミを入れてしまったのは内緒である。
世の中には、あれもこれもと機能がぎっしり詰まった立派な製品がたくさんある。
でも、私はあえて用途を絞り、「ここだけは譲れない」という一点を満たしてくれるものを選ぶようにしている。今回でいえば、「耳を塞がずに音声入力をする」という目的を、この五千円弱の道具がしっかりと叶えてくれた。
今日も今日とて、私は耳にプラスチックの輪っかを引っ掛け、パソコンに向かってブツブツと語りかけている。
そして足元からは「フンッ」という小さな要求。どちらの音も取りこぼすことなく、気づけば自然と手にとるようになったこのイヤホンとともに、私の日常はのんびりと、そして確実に回っていくのだ。