学生時代、私はなぜか「探検」などという、いささか泥臭い活動に熱を上げていた。
華やかなキャンパスライフとは無縁の、リュックと寝袋を背負う日々である。東京から自転車で四国まで行って遍路道を走ったり、海外の山でスキーをしたり、とにかく体力を浪費することが青春だと思い込んでいたフシがある。
大学四年の夏、その集大成として選んだのが「自転車で東京から北海道へ」という旅だった。新潟からフェリーで室蘭へ渡り、そこからは北の大地を気の向くままに走り回る。小樽で運河を眺め、富良野の美しさに息を呑み、札幌ではラーメンをすする。若さと体力だけは有り余っていたから、毎日が修学旅行の延長戦のようで楽しかった。
事件が起きたのは、支笏湖でのことである。
湖畔のキャンプ場があまりに美しく、居心地がよかったものだから、私たちはそこにテントを張り、何日も逗留していた。カヤックを漕いだり、夕日を眺めては「海とは違う静けさがあるなあ」なんて、生意気にも詩的な感慨に浸ったりして。
ある大雨の夜だった。
私のテントの隣に、年季の入ったママチャリで旅をしている、同年代くらいの女性がいた。旅慣れた雰囲気で、「あそこがいいよ」なんて情報を教えてくれる、気さくな人だった。夜中、土砂降りの中を彼女が訪ねてきた。「テントが雨漏りしてしまって。入れてもらえませんか」と言う。見れば確かに濡れている。根が善人にできている私は(というか、当時の私はまだ世間の荒波を知らなすぎた)、「どうぞどうぞ」と招き入れた。そこそこ広いテントだったので、女子二人、旅の話に花を咲かせて眠りについたのだ。
翌朝、目覚めると彼女はいなかった。
「挨拶くらいしてくれればいいのに」と呑気に思いながら、友人と朝風呂に行こうと財布を開けた瞬間、私の血の気が引いた。ない。入っていたはずの五万円が、きれいさっぱり消えている。テントの中を見回しても、どこを探してもない。状況証拠からして、犯人は昨夜の彼女以外に考えられなかった。
「雨漏り」というのは、カモの懐に入り込むための古典的な手口だったのだ。他の旅人に聞けば、「よくある話だよ、気をつけなきゃ」と諭される始末。五万円といえば、貧乏学生にとっては全財産である。命の次に大事な諭吉たちが、見知らぬママチャリ女のポケットに消えたのだ。
後日、札幌方面へ向かう道中で、彼女らしき後ろ姿を見かけた。必死でペダルを漕いで追いかけたが、ママチャリのくせに恐ろしく速い。結局、追いつけずに見失ってしまった。あざやかな手際といい、あの逃げ足の速さといい、ある意味では感心するほどの「生きる力」である。若くてチャーミングな笑顔の下に、そんな図太い根性を隠し持っていたとは。女の私でさえコロリと騙されたのだから、世の男性諸氏なら、ラーメンどころか寿司まで奢らされた挙句に身包み剥がされるに違いない。
さて、感心している場合ではない。
仲間は予定通りフェリーで帰っていったが、無一文の私は帰るに帰れない。そこで私は、農協へ突撃することにした。かつて農業系の会議を手伝った際、農協には大学のOBが多く、「後輩なら助けてやるぞ」という空気があったことを思い出したのだ。
「あのう、アルバイトはありませんか」
見ず知らずの学生の、しかも唐突な申し出にもかかわらず、窓口の女性は親身になって話を聞いてくれた。事情を話すと、すぐにOBの方につないでくれ、あれよあれよという間に、人手が足りないというサクランボ農家を紹介してもらえることになった。
そこからの三週間は、地獄から天国への大転換だった。農家のご家族は、「大変だったねえ」と私を温かく迎え入れ、家に泊めてくれた上に、三食きっちり食べさせてくれた。おばあちゃんに至っては、顔を見るたびに「めんこいのう」と目を細め、休みのたびに温泉やお寿司に連れて行ってくれる。
仕事はサクランボの収穫だ。「鳥がつついた実は、売り物にならないから食べていいよ」と言われたのが運の尽き、いや、幸運の極みだった。目の前には、たわわに実る南陽や佐藤錦。高級フルーツの代名詞が、ここでは見渡す限りの山となっている。小さい頃、「プリンのお風呂に入って食べまくりたい」という夢想をしたことがあったが、まさか大人になって、サクランボの樹海でそれをやることになるとは。
脚立の上で作業をしながら、傷んだ実を口に放り込む。甘酸っぱい果汁が口いっぱいに広がる。労働の対価として、これ以上のものがあるだろうか。農学部の学生ということで、接ぎ木や経営の話など、勉強になることも多かった。最終的にいただいたお給料は二十万円。五万円を盗まれたおかげで、私は極上の味覚と、人の情けに触れる体験を手に入れたわけだ。
結局、懐も胃袋も満たされて、私はフェリーで帰京した。人は安易に信じるものじゃない、という苦い教訓。けれど、捨てたもんじゃない、という温かい実感。ちなみに翌年も、私は飛行機に乗ってその農家へ手伝いに行った。今でも家族ぐるみのお付き合いが続いているのだから、あのアウトドアで培った「なんとかなるさ」という精神も、あながち無駄ではなかったということだろう。
まあ、テントに見知らぬ客を泊めるのだけは、もう二度と御免だけれど。
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